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茨城県守谷市に廃校になった小学校があります。現在は、現代美術分野の若いアーティストの滞在、制作、展示発表の場所として再利用されています。先日、そこへ見学に行きました。その時には、五カ国のアーティストが展示をしていました。展示をしている一人に、パキスタンから来たアヤツ・フセイン・ジョキオさんという男性のアーティストがいました。アヤツさんの展示会場に行くと、小学生の女の子や中学生の男の子達が騒いでいる声が聞こえました。中に入ると、子供達が落書きをしていました。子供たちの近くには、このような注文が書いてありました。
「アヤツの自画像を印刷した紙に髪の毛や髭や眉毛などをかきたしてください。本物のアヤツさんに似ている必要はありません。みんなが好きな髪型や髭や眉毛等を自由に描いてください。<アヤツさんからのお願い>1:色は黒か灰色で・黒の鉛筆、クレヨン、ペンを使ってください。2:黒と灰色以外の色は使用しないでください。3:髪、毛、髭、眉毛、睫毛を描いてね。マフラーや帽子等は描かないでね。4:下の余白に左から順に名前と年齢を記入してください。」
早速、私も、参加することにしました。アヤツさんの自画像は、すべての毛が無い状態でした。そこに描き込む作業は、落書きのようで楽しく感じました。「好きな髪型や髭や眉毛等を自由に描いてください」とあったので、好きな日本髪と優しげな眉を描きました。意外に、それは似合っていました。
会場内を見回すと、描き足された後の自画像が200枚近く展示されていました。それらを見ていくと、丁髷、ショートカット、ポニーテールやアフロヘアー等さまざまな髪型が描き込まれています。髪型、眉、睫毛、髭等の毛の形が異なっていると、それぞれが別人であるように感じます。
会場の出口付近には、このような文章も貼られていました。
「自画像の上に第3者が落書きをすることで自分のアイデンティティがどんどん変化する様子を探りました」
アヤツさんの自画像は、第3者に毛を描き込まれることで、さまざまな姿に変身しています。アヤツさんも、変化した自分の外見を見ることで、自身のアイデンティティの変化を感じているようでした。しかし、アヤツさんという一人の人間の自画像に描き込んでいるだけで、実際に変化しているのは外見だけです。さまざまに変身させられたアヤツさんの自画像を見ながら、変化したものとしていないものとを考えると、アイデンティティが持っている複雑さや曖昧さのようなものを強く感じます。
アヤツさんは、このような展示をしばらく続けると言っていました。「自画像に毛を描き込んでください」と書いてある注文用紙に出会う機会がありましたら、参加されてはいかがでしょうか?